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5月以降の日記はトップページに移行しました。そちらを御覧下さい。よろしくお願いします。


2004/0427 外は嵐

朝起きたら外は暴風雨。風の音が恐い。風の音はどうにも苦手なのだ。
心がざわめいているのは外が暴風雨のせいかわからないがとにかく落ち着かない。
ホームページの整理をしたり本を読んだりストレッチをして過ごす。

ずっとひっかかっていることがあって、それが喉につかえた骨のように微妙にチクチク痛むのだが、死ぬ程の痛みではないのだから、いつか忘れてそして結局骨もいつの間にか溶けちゃったんだよと言える日まで待とうと思っている。人生は断続的にこんな思いが続いて行くものなのか。だとしたらとても大変だ、なんていうことはもうとっくの昔から気がついていたことではあったが。まあそんな日もある。

水着を出した。そのうち泳ぎに行こうと思っている。




2004/0426 恋せよ乙女

夜、はえぎわ公演「フラッシュア−ア−恋せよ乙女」観劇の為目白へ。
オールツーステップスクールで共演している持山優美が出演していた。
持山さんはとてもよかった。楽しんでいる感じが伝わって来て嬉しかった。相当きもちわるいフォルムのカツラかぶったりしてて驚かされたけどね。踊ったり歌ったりと大ハッスルで、そういうのもいいではないか。華がある人だなと改めて感心しました。
で、久し振りにはえぎわのお芝居を観て、刺激を受けた。誠実だなあと思った。誠実でありながらもっともっと弾けて欲しいと思った。はえぎわでしか観る事が出来ない舞台をこれからも観たい。
遊園地再生事業団で共演する岸建太朗くんや、「トーキョー・ボディ」で共演した杉村さん(名前が津波恵さんに変わっておりました)もよかった。津波さんは凛としていて、ちょっと切なくて、いいなあと思いました。

終演後、以前東京タンバリン公演「コウエンデ」で共演した久保貫太郎くんと夫と飲む。久保かんちゃんと話をするのは久し振りで楽しかった。
最近の演劇界の話から何故か「自分にとって、生涯ベストワンのテレビドラマは何か?」という話になって、私は相当悩んだ。ちなみに夫は「公には”抱きしめたい!”としているが、本当は”外科医・木戸修平”」、久保君は「ひとつ屋根の下」とのこと。私は・・・・頭に浮かぶドラマの数々、大江千里の金字塔「十年愛」、バービーボーイズ好きにはたまらない「愛しあってるかい?」、伝説の昼ドラ「女優・響子」、ほっとけないよ「ADブギ」、高橋良明の代表作「オヨビでない奴!」、TBSドラマの真骨頂「うちの子にかぎって・・」と考えているうちに、最近はまったくドラマを観ていないことに気が付き、そしてもともとあまりテレビドラマに興味ないことが判明。そんな私のドラマベストワンは志穂美悦子と小川範子のベストコンビそして主題歌は城之内ミサの「スタンドバイミー・気まぐれ白書」ということに落ち着いた。覚えている人、いるだろうか?




2004/0425 自治会

初めて棲んでいるマンションの自治会に参加。全員参加だというし、今年私達は持ち回りで役員をしなければいけないらしく、これは非常に困ったと頭を抱えながら参加してみた。

これが行ってみると意外と勉強になるんだから、世の中不思議よね。
議長がいて書記がいて、自治会長副会長、会計、会計監査。
これは懐かしき生徒会の匂いがする。
私、やっていました、生徒会。しかも、小学校のみならず中学校でも。・・何か、恥ずかしい。書いていて無性に恥ずかしい。じゃあカミングアウトするなよって。・・・・・・よし!恥ずかしくない。恥ずかしくなんてない!
それはさておき、今思うと生徒会の会計って必要だったのかな?って疑問がわく。小学生の子供が会計って何するのよ。さらに会計監査なんて一体あんた何やってたのさって思いました。

とはいえこちらはマンションの自治会。私と夫以外はほぼ老年に差しかかった方々で、会議進行もスローペース。痰がからんでは休み、痰がからんでは休み。同じ話を何度も繰り替えし、そんな感じ。敬老ギャグで盛り上がったり、不思議な空間でした。
老人会「やわらぎ会」のネーミングについての議論が白熱している中、私はオールツーのことを考えていた。 「組織にすることにはあまり興味がないけど、集団で活動していく上で必要なことは最低限あるだろう」とか。あと、「議長ってあまり発言しない方がミーティングはうまくいくのだな」とか。
自治会の一番の問題は「全員参加であるはずの集団ホウ酸だんご作りに皆がなかなか参加してくれない」ということだった。え?いつ作ってたのさ?

そして生活は続いていく。私は今年度ホウ酸だんごを作るのだ。きっと作る。舞台の本番中じゃなかったらね、参加してみようかなと思っています。



2004/0424 椎茸とブロッコリー

大掃除。私の中で「お風呂場カビキラ−」は立派な大掃除である。 夜、南波典子さんと長電話。今後のことなどいろいろ話をする。南波さんは友人で女優の久保優子の舞台を観にわざわざ大阪まで出向いたらしく、久保優子が一体どんな舞台に出演していてどんな役を演じていたか教えてくれたのだが、私は久保さんのおかっぱ姿も観たいけどそれより何より南波さんの久保優子に対する愛情が眩しかったよ。クボンヌ。楽日まで頑張って!




2004/0423 A2

「A2」を観る。昨日観た「A」の続編。
荒木広報副部長のインタビューはほとんどなく、「A」以後のオウムと近隣住民との戦いの矛盾が綴られていた。
とある町ではオウム信者を追い出すはずだった住民がいつしかそこに棲む信者と仲良くなり応援していく姿があったので、少し驚かされたと同時に妙に切なくなった。その土地を撤退(移住)してゆく信者に向かって「きちんと修行して自分の道を真直ぐ進みなさい」と話し掛ける住民はまるで母親のようにも見えたし、そんな住民達に「この本は(教団思想が)よくまとまっているから」と教団の小冊子を配る信者のその姿に微妙な差異を感じるが、多分こんな風に「事件」と「今目の前に存在する信者」を切り離し何とか折り合いをつけて共存していこうという姿は珍しいのでしょうね。まったく知らなかった、ある「視点」の存在。
オウム信者は何処に移住しても住民票は発行されず、また、市民はプラカードを作ってオウムを追い出そうと集会を始める。思うのは、住民と出家信者どちらも譲れない部分を抱えて生きていて、交わる部分があまりに少なく、前記のようにもしそれが見つかった事例は奇跡に近い。奇跡はそう簡単には起こらない。変えていくべきこと、変えなければいけないこと、があまりに多すぎるのだろう。
許容範囲を超えている排斥と浅い反省、自覚、そして言葉が足りず絶句する信者はまた修行を始める。「外」を遮断する。遮断によって生まれるものも確かにあるだろう。しかし、生活していかねばならない矛盾。矛盾につぐ矛盾がつきつけられる。
あと河野善行さんの家に幹部が訪問した際の映像で「どこかで聞いたような声が聞こえるな」と思っていたらフレームインしてきたのが宅八郎だったのでびっくりした。
ラスト、やはり荒木広報副部長は絶句していた。宗教を志しオウムで生きていこうと決めた彼らは今後この日本で生きていくことができるのかな。
観終わった後、「今観てよかった」と思った。
忘れてしまいそうになるあの忌わしい事件とテレビにかじり付いて報道を追っていた日々をいろいろ思い出す。漫然と時が立っているのではなく、私が漫然と生きているということだ。

話はがらっと変わるが気になるページを見つけた。なんと無謀な、それでいて甘美な気分。もう私には全巻購入の道しか..?いやいや。




2004/0422 A

夫の出演する舞台を見に、両国へ。私の父親も来ていて終演後少し話をするが、ときどき苦虫を噛んだような顔になるのでどうしたのかと問うとどうやらとある病気で今痛み止めを飲みながら生活しているらしい。私の父は180センチあり割腹のいい、一見強面の男である。そんな彼が痛みで意気消沈しているのは見ている方が辛くなってくるのだが、そういえばこの人しょっちゅう病気していたなあと思い出す。病気には無縁の容姿だが、何かといえば扁桃腺を腫らしたり、風邪を引いて1週間くらい寝込んだり、入院したりしていたのだった。いわゆる病弱な人。ああ、遺伝か。私は様々なところでどんどん父に似て来ている。以前は厳しすぎて熱すぎて真面目すぎて大嫌いだった父だが、そういう嫌だなと思っていた部分ばかりが似て来ている。そして今日病弱な部分も似ていると気が付き軽くショックを受けた。まあ、自分のことは置いておいて、健康でいて欲しいと心から思う。 森達也「A」を見る。本は読んでいたので大体の事は見る前から分かっていたが、やはり直接目で確かめるとパワーがあって(不当逮捕のシーンとか)衝撃を受けた。警察官のわけのわからないしらじらしい演技はなんなんだ、ありゃ。歪んでいる。言葉攻め、しらじらしい芝居。歪んでいるとしか思えない。荒木広報副部長は当時28才(1997年)。今現在の私と同い年である。幼くも見える。真面目な青年。私が通っていた高校にはこういうタイプの男子がたくさんいた。頭脳明晰で、メガネがやたら大きくて、女の子と話ができないような、そんな男の子。この人に嫌悪感を抱けない、抱くことができない自分とカメラの存在について考えながら見た。最近の人質解放事件で「自己責任」と問われ、マスコミがこぞって3人の人質を叩き始めた。高遠さんが自宅に帰る時に御家族に支えられながら倒れるように入っていった。こんな状態にしたのは一体誰だと私は落ち込んでいた。マスコミは「自己責任」とか「オウム問題」とかにおいて自分の中の正義を持って報道するという姿勢なのか、それとも真実はどこにあるのか探しながら報道する姿勢なのか、それによって報道はまったく変わってくるのではないかと思った。正義なんてそもそもあるのか、わからない。荒木さんに詰め寄るマスコミというかレポーターの荒い口調が目につく。NHKの若いレポーターがふるえながらどうレポートしてよいか分からず戸惑っている姿に本当の姿がある気がした。明日「A2」。



2004/0421 素敵なダイナマイトスキャンダル

足が痛かったり、身体がおかしかったり、いろいろ反省しながら日々が続く。
最近はパソコンの前にずっと座っていて、知人やまったく知人ではない人の日記を読んでいる。 知人も知人でない人も、毎日生きている証。 死ぬまで生きている証。 で、高橋源一郎氏や末井昭氏の日記などをじっくり読んでみたりしている。高橋源一郎さんも末井さんも昔から大好きなので読んでいるだけで元気がでる。末井さんの自伝「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫)、本当に面白いから読んでほしい。
で、大島弓子を読み返したりしている。これも読んでほしい。「ローズティーセレモニー」(白泉社文庫「四月怪談」所収)とか、何度読んでも泣いちゃうよ。
で、その後、おおひなたごうの「フェイスガード虜」(秋田書店/チャンピオンコミックス)を読む。これも読んで欲しい。くだらねー。
で、その後、吉野朔美の「少年は荒野を目指す」(集英社/マーガレットコミックス)を読む。これは、わからない。お勧めしたいという感じのマンガではなかったがすごく複雑な気持ちで面白かった。珠玉の時代、中学高校時代を思うと悲しくなってくる。美しい時代とするか、暗黒時代とするかひとそれぞれ。那須雪絵の「ダークエイジ」(白泉社/花とゆめコミックス)は高校時代(思春期)を「ダークエイジ」としている。暗黒時代。このマンガは別にお勧めしている訳ではありません。マニアックすぎました。この辺でやめておきます。



2004/0420 ミーティング

オールツーステップスクールのミーティングの為、新代田へ。
今後の活動方針などを話し合う。
集団で何かをつくり出すことはとても難しいことだが、それを超えてやり続けていこうと思った。喜びはある。それはきっと出会いという大きな喜び。一回目は体育館二回目はギャラリーで公演したくさんの人に出会い、見ていただき、とても勉強になった。次は何処へ向かうかということについて、考える。


携帯電話が止まった。故障かとおもったら料金未払いだった。まったく忘れていた。しかしそんなお金はないので、おたおたせずに給料日までじっと待つことにした。28歳の春である。そんな28歳になってしまった。子供時分の予想を超えた貧乏さと言うべきか。



2004/0419 新しい予感

とても嬉しい報告を。

オールツーステップスクールでは作演出を担当している浅野晋康監督作品「新しい予感」がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)にノミネートされたのだ(本日発売のぴあに掲載されています)。

私はこの映画に少しだけ出演していて、そして制作を担当していた。

制作の仕事は、役者のスケジュール管理から始まり、撮影日程の組み立て、その他撮影当日のタイムキープ、血のり作り、荷物番、買い出し、床山等多岐に渡った。この時の経験からか、ペンギンプルペイルパイルズで血のりを使うと知った時、「ふふふ、私の出番だな」と密かに思ったのだが、演出助手の矢野愛が「血のりとか、粘液とか、液体制作があると燃えるんです、ふふふ」とわけのわからない情熱を燃やしていたので静かに身を引いた。ぼくもとさきこがカツラを着用することになった時「さて、いよいよ私の出番だな」と腰をあげたがよくよく考えてみれば別にカツラをかぶるくらい本人一人で出来ることなのでほおっておいた。もとい普段役者として活動している私が初めて制作業に着手した作品で、覚えていることはとにかく徹底的に苦しかったということだ。撮影は灼熱の太陽が照りつける真夏でふらふらしながらも自分でできる限り撮影にくっついて行き仕事をした。正直な話、決して敏腕でも何でもない私が一体何の役に立てたかは疑問、というより失敗ばかりだったのだがそれはまあさておき(さておくなよ)、役者として仕事をしていた私に新しい「眼」をくれた作品だった。それゆえに大変思い入れが強い作品でもある。あの日々があって今の私がいると言っても過言ではない。一つの作品を作ることの困難さ、人間関係の困難さ、そして何よりゼロから面白いモノを作ることの爽快さを知ったからこそ、私はオールツーステップスクールを始めたのだと思う。まあそんなことはどうでもいいのだが、この「新しい予感」という作品がより多くの人に見てもらえればよいなと、私は思うのです。夏の匂いが噎せ返るような、それでいて爽快な映画だと思います。私もちょこっと出演していますし(アピール)。PFFアワードには是非是非!



2004/0418 どーん

どうにもこうにも気分が優れない。 とりあえず掃除をしたら少しすっきりした。冬物をしまい夏物を出す。 あのお気に入りのジップアップが見当たらないのだ。掃除すれば見つかると思ったのに、何処にもない。それでまた気分が落ちる。どーん(笑ウせえるすまん)。

これはつい最近まで舞台で忙しくしていたので急にゆっくりとした時間が流れ出して自分自身焦っているに違いないのだった。しかも足が痛いのであまり動けない。これはハッキリ言うと言葉にしにくい「寂しさ」だ。こんな寂しさは今まで何度も何度も味わって来ているので時間さえ立てば大丈夫なんだけど、ペンギンの日々がきっと自分の中で大きかったのだろうなと改めて気がついた。稽古が大変だったとか本番が大変緊張するものだったとか舞台に上がっていてとても楽しかったこととかいろんな要素はある。しかし参加している役者はほとんどの人が「無口」の部類に属する人たちなので多分そんなにいっぱい喋ってないはずなんだけど(よくよく考えると多分私が圧倒的におしゃべりタイプで、玉置さん、水谷さんがそれほどでもないがまあまあ喋る人で、あんまり喋んないぼくもとさん、圧倒的に口数の少ないのが松竹生さんと山本大介さん、そのどの部類にも入らないのが小林くん。倉持さんも無口とまではいかないがそんなに喋る方ではないですね)何かその空気に居心地のよさみたいなものを感じていたのだろう。誰かと会っていっぱい喋りたいが、そんな単純なことがなかなか簡単にはできないのだ。

こんな日には徹底的に落ち込むに限るのか、それとも自分に客観的になって冷めて離れてほおっておくか。どちらがいいかはその日の体調によって。

突然ですが、先日の舞台で私は「板付き」でした。

「板付き」というのは、客入れが終わり照明が暗くなって暗転、ぱっと舞台が明るくなりお芝居が始まった瞬間にそこ(舞台)にいることを「暗転板付き」といいます。そんなわけで「板付き」は緊張するので、他の役者さんより少し早く舞台裏にスタンバイしてお客さんの話し声や客入れの状態を舞台裏ののぞき穴から確認したりして緊張をほぐしたり逆に高めたりする。で、楽日、いつも通り皆より早めにスタンバイし、ぎゅうぎゅうに埋められた客席を覗き穴から眺めた。するとそこには大学時代の友人Sがいるではないか。私からチケットを購入している訳でもない、今現在あまり交流もないその人がスーツを着て補助席に座っていた。当日券で来たのかなんなのかそれは全く分からないが、私は急にものすごく緊張した。手にぐっしょり汗をかき、こんなことなら覗かなきゃよかったよと後悔もしたが、やはりすぐ思い直す。内緒で来てくれたことに感謝し、もしこれが私の見間違いで友達じゃなかったとしても、友達が来てくれたんだ!やったー!ひっさしぶりー!!ありがとねー!!感謝感謝!と一人思考を続けているうちに最近の私の思考回路パターンはこういうことかと気がつく。初めにどーんと落ちて、瞬間そこから空に向かいどーんと飛ぶ。落ち込んでいる時間が勿体無いので(疲れるので)、どう考えればそこから最短で抜けだせるかを考えるようになった。それがいいことかどうかわからない。自分をごまかしているだけかもしれない。以前より深く考えないようにしているのかもしれない。そしてそれがやっと大人になって来たということなのかもしれない。たいしてあるわけでもない過去に引きずられてどうしようもないことでねちねちと時間を費やしていた中学生高校生の頃は、やはり膨大な時間があった。考えている自分だけが自分だと錯覚していた。そしてまた無限の時間があったように錯覚していたのだった。カッコ悪さだけで彩られた10代って、皆もそうですよね?きっと誰でも愛しさとせつなさと心強さをいつも感じていたよね。

終演後私はSに挨拶しようと急いでロビーに行ったが、やはりいなかった。幻だったのかもしれない。

食玩ブームとはいえ、「ム−」食玩が登場したのには驚いた。



2004/0417 トーキョー/不在/ハムレット

夜、遊園地再生事業団公演「トーキョー/不在/ハムレット」の稽古に池尻へ。

昨日あらかじめ渡されていた小説を2度ほど読む。南波典子さんから少し話は聞いていたが、ものすごく面白い。まだ発表前なのでいろいろ感想を書きたいものの、どこをどう書いてよいかわからないが、とにかく埼玉の北川辺町は凄いことになっていた。なるほど・・ほほう・・と声をあげて読む。これが舞台になるのかと鳥肌が立つ。それにしても読めない漢字が続出、バカ爆発である。辞典をひっぱるも読めないものもありショック。人の名前に至っては正解がわからない。これは明日南波さんに聞かねばなるまいとすべてにおいて南波さんが頼り。

ペンギン公演のため前回の稽古に参加できなかったのでこれもやはり駅で出会った南波さんに話を聞くと原作にあたる小説版第一稿の半分位まで読み合わせしたという感じらしい。今日はその続き。やっぱり南波さんの隣に座ってこっそり「ねえねえ、この漢字なんて読むの?・・」とリサーチを始めた。助かりました。

以前の「不在日記」で、「役者は読む時に自分が一体どの役か考えないでほしい」というような文章が掲載されていたが、やはり読んでいると自分の役が気になる。しかし女優は5人しか出演しないので、だいたいのメドというか(役の年令でも大体分かる)パズルのように当てはめることができるのだが、男性陣は出演者も多く小説を読んだだけでは誰が一体何の役かわからないので、それを想像しながら読むという作業は非常に面白かった。この人はこの役がぴったりだなという人もいれば、この人にこの役は絶対あり得ないなという根拠のない確信。それが覆されるのはまた次回の稽古、リーディング公演に向けて始まる稽古の初日になろうかと思う。ワクワクしてきたぞー!

その後親睦会。今日初めて出演者全員とお会いした。無名塾の佐藤一晃さんはなんと190センチ!でかい!酒の席では、北川辺町の方言話や演出助手のSさんが北川辺町に通っている(御本人のサイト参照)話等々、いろいろ皆で話をする。渕野修平氏は北川辺町の地図を買って来ていて、行く気まんまんだった。片倉裕介氏と車で行くらしい。私も桜の時期にもう一度行きたかったなあと思う。その席でペンギンプルペイルパイルズの話になり、いつしか「小林高鹿はかっこいいか否か」という話題になった。もちろんこの議題を投げかけたのは大学時代からの小林高鹿くんの友人でもある渕野修平氏で旧友ならではの発言だったのだろう「あいつ、かっこいいか?」と言い出したのだが女子(笠木・いせ・三坂)から大ブーイング、渕野、総スカン。ならば男はどうだと聞いてみると、ペンギンを見に来てくれたパパ・タラフマラの熊谷知彦くんも「凄くかっこいいよね」と女子派につく。かくて敵だらけの渕野氏、八方ふさがりか?というその時に渕野修平氏に強力な助っ人が。宮沢さんが「あいつは、だめだよ」と一言。もちろん宮沢さんは小林君に会ったこともないはずである。「ダメだなあ、かっこわるいよ、あいつは」と言って笑った後に「誰?」と聞いて来た。皆で大爆笑した。小林君にしてみりゃ「とばちっり」とはこのことである。すみませんでした。

とにもかくにも原作は第一稿で、「不在日記」を読んでいらっしゃる皆さんは御存じかと思いますが、今すでに宮沢さんの手元には第三稿が完成しているらしい。超ハードスケジュールだ。ウィークデイは京都で教鞭を取り土曜日は稽古である。しかも終電を逃した私は図々しく船橋まで車で送っていただいた。お忙しいのに本当に申し訳ないことをしました。貴重な時間を奪ってしまったと猛反省。

足は徐々によくなって来ています。お見舞いメール、ペンギンの感想メールありがとうございます。なるべく返信させていただきます。皆さん本当にありがとうございました。



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